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己の名前を呼ぶ声に、彼の意識は覚醒する。
うっすらと瞳を開けると、其処には優しい顔で微笑む娘が居た。
黒髪を微風に遊ばせながら、にこりと微笑み、そっと彼の頬を撫でる。
「……どのくらい寝てた?」
「ほんの十分かそこらです。…随分と、お疲れのようでしたね」
寝起きの掠れた声で問う彼に、娘はゆっくりと答えた。そうか、と
呟く彼の頭を膝に乗せたままの恰好で、娘は彼の頭を撫で始める。
「──……酷く、悪い夢を見た……」
ぽつ、と零すようにして囁くと、娘の手が止まる。覗き込んでくる
漆黒の瞳は、何処までも深く、そして優しい。
「悪い夢は、人に話すことで良き夢に転じることができるそうですよ。
わたしで良ければ聞きますから。話してみませんか?」
ね?と笑う顔に、彼は少し迷って。それでももう一度瞳を閉じると
娘の手をやんわりと握った。
「……お前が、居なくなる、夢」
口に出すだけで、怖かった。言霊にしてしまったら、それが本当になりそうで。
「他の人間は全員居るのに、お前だけが一人、何処を探してもいないんだ。
まるで其処に虚ができたかのように、ぽっかりと穴が空いている」
漸く埋まった心の虚。埋めてくれた君が居なくなる。
ただ愛しくて、ただ大事で。──ただ、傍に居てくれれば良いと願った君。
その君が、何処を探しても居ない。
「俺の中にある虚……顔も知らない母親の影の形に空いた虚を、お前が
埋めてくれた。……でも、其処にまたぽっかりと穴が空いたんだ……」
何処にも行かないで。
行かないで。
──行くな……!!
「我ながら情け無い限りだな。……何時かその日が来る覚悟をしておかねば
ならないと、解かっているはずなのに」
握った手に、力を込める。
今だけは、何処にもやりたくなかった。今この手を離したら、彼女は本当に
居なくなってしまいそうで、怖かった。
「大丈夫ですよ」
ふわり、と。温かい光が降って来る。白くて眩くて、優しい春の木漏れ日が。
目を開ければ、穏やかな微笑が彼を包み込んでいた。
「確かにわたしは何時かあなたを置いていきます。それが自然の摂理だから。
…でも、わたしはあなたを独りにはしません」
確信に満ちた声で、彼女は言う。
「わたしは必ず傍に居ます。何時でも、どんなことがあっても」
だから、と彼女は言って。華奢な躯を折ると、彼の額に己の額をくっ付けた。
「大丈夫です。──あなたは、絶対に独りにはなりません」
黒と蒼の光が交わる。
言葉に出来ない想いを、其処に託すかのように。
──…See you next Seen…
相変わらず、謎な展開に(笑)
続きにて、拍手のコメントレスやってまーす。
「……何を拾ったって?」
いかにも怪訝そうに眉を顰めて、主たる少年は伏せていた顔を上げた。
今までスラスラとよどみなく走っていた羽ペンが、ぴたりと動きを止める。
ものを書くときだけ装着られる眼鏡が、午の光を弾いて銀色に鋭く輝いた。
その硝子の奥に静かに鎮座するのは、冬の空をそのまま閉じ込めたような冷たい蒼の瞳。
すぅ、と眇められたその瞳には、目の前の青年を訝しむような光が湛えられていた。
「…この場合、拾った、というのは表現として不適切ですよ、ぼっちゃん…」
「言い方が綺麗ならそれで良いのか?面倒な奴だな。それに実際拾ったことには
変わり無いだろう?──俺の耳が怪訝くなってなければ、女を拾ったと聞こえたが」
「ちゃんと聞こえてるじゃないですか。正確に申し上げれば、保護しました、と」
「お前もしつこい奴だな。拾ったで済ませ」
些かうんざりとした顔で、主はグレミオを見上げた。グレミオは再び、ぼっちゃん、と主を
嗜める。解かった、と主は手を振って小言の続きを拒否した。
「お前と人道主義について語り明かす趣味も時間も無い。…それで、その女が如何した。
帝国軍の草か?こんな湖のど真ん中で行き倒れもあるまい」
「それが……溺れて流れ着いたみたいで…。これも一種の行き倒れですかね…?」
グレミオの曖昧な言いように、主は一瞬目を瞬き。そして呆れたような声を上げた。
†
「……コイツか?このクソ寒い中、寒中水泳してて溺れたバカは」
渋々グレミオについて行った──と言うより連行されてきた──医務室。その真っ白な
寝台の上に、一人の娘が青ざめた顔のまま横たわっていた。
ぼっちゃん、と諫めるグレミオの声。どうやら未だ人道主義は続いているらしい。
彼はうんざり顔をさらに顰めて、大人しく壁に凭れ掛かった。
(…鬱陶しい。何で俺が、こんなトコまで付き合わなきゃいけないんだ?)
テキパキと看護するグレミオを傍目に、主は一人窓の外を見ていた。
遠く霞むのは、帝国領。──あの何処かに、テッドが居る。
(……こんなことしている場合じゃない。早くアイツを助けないと)
正直、この行き倒れの女がどうなろうと知ったことではなかった。寧ろ危険分子なら
早々に削除しなくては、と頭のどこかで計算している自分が居たくらいだ。
「──あ、ぼっちゃん!気が付いたようですよ!」
「そう。良かったな」
にこやかにそう告げるグレミオの声に、生返事だけ返して。
主の蒼い瞳は、ただひたすらに、白く霞む先に聳え立つ宮──黄金の都を見つめていた。
──…See you next Seen…
何処に転がるか、自分でも解からない(ヲイ)
続きにて、拍手のレスやってます(^^)
その音を目で追うようにして見上げれば、少しばかり金色を含んだ
雲が、ゆっくりと家路を辿っていた。
「……日が落ちるのが早くなりましたね。直に暗くなるでしょう」
独りごちて、グレミオは視線を前方へと移す。
木枯らしを浴びてハタハタと踊るのは、左右で色の違うバンダナ。
随分とくたびれた生地のそれは、もう擦れてボロボロで。
端の方は色さえ解からないほど褪せてしまって、解れた糸が
物哀しげに踊っていた。
「──……あの時も、こんな風に寒かったな…」
「?ぼっちゃん…?」
不意にぽつりと呟いた主に、グレミオは目を瞠る。それが解かったのか
主はゆっくりと振り返ると、滅多に見せない笑み──口の端をほんの少しだけ
上げる程度で、よほど親しくないと笑みと解からないほどの──を浮かべて見せた。
「アイツが、俺のところに現れた日。……あの日も、こんな風に木枯らしが吹いてた」
アイツ、と主が口にするのは、きっと彼女のことだ。
この広い世界で唯一人、主が受け入れた女性。
黒髪と黒い瞳が印象的で、穏やかに微笑む──まるで春の陽だまりのような女性。
脳裏に浮かんだ面影を見抜いたのか、主の笑みが少しばかり深くなった。
「そう、そいつだ。──本当に、おかしな女だったな」
くつ、と笑みを零す主。蒼い瞳が、心なしか優しく輝いている。
「このクソ寒い中、湖のど真ん中で溺れてたんだからな。何処の阿呆な草かと
思ったものだ」
くつくつと笑って。主は一度言葉を切った。木枯らしが吹きすさぶ草原に、彼女の
面影を探すように。
「こんな世の中で、笑ってしまうくらいクソ真面目で。反吐がでそうなほど奇麗事だけ
並べ立てて。喧しいくらいお節介で。鬱陶しいくらい泣き虫だった」
「……そんなこと言ってるのを聞いたら、あの方も怒りますよ?」
苦笑交じりに忠言するも、事実だ、と真っ向から跳ね除けられた。
それでもグレミオは、それ以上は何も言わなかった。主がこれほどまで饒舌に
何かを語ることは珍しい。寡黙で、人と交わることを避けている人なのだ。
しかも、彼が直々に彼女についての心情を語ることなど、今まで一度も無かった。
「如何しようもないバカだったが、愚かではなかった。何時でも気が付けば傍に居て、
ぎゃーぎゃーと要らぬお節介を焼いてた。……でも、俺はそれが嫌じゃ無かったよ」
ふ、と。少しばかりバツが悪そうに呟く声音は、痛々しいほどに無垢なもの。
「──否、嫌いじゃなくなっていった、が正しいな。最初は不愉快極まりなかったから。
……ただ、思うんだ。俺を<普通の人>として扱ってくれたのは、身内以外では
アイツだけだったんじゃないかな、ってな…」
微苦笑交じりの声音を、木枯らしが浚っていく。
また遠くで、鐘の音が響いた。
──雲は、金色から茜へと染まっていこうとしている。
──…See you next Seen…
今更ながら、このぼっちゃんは「ヒース(当家四男坊/笑)」です。
…ていうか、これちゃんとオチまで書けるのか?(物凄く疑問)
「ついてくるな」
酷く冷たい言葉と声音。
けれど其処で引き下がるほど、彼は軟な性格をしていなかった。
普段は柔和な顔いっぱいに渋い皺を寄せて、それでも足は
真っ直ぐに歩き続ける。前を歩く影法師が止まれば止まり、
また歩き出せば彼も歩き出す。
「ついてくるな。聴こえないのか?」
影法師がぴたりと動きを止めて、くるりと彼を振り返った。そして
再び、冷たい声が突き刺さる。先ほどよりも幾分苛立ちを含んだ声音は、
氷柱となって彼をその場に縫いとめた。
「俺の尻を追いかけるほどの暇があるなら、さっさと帰って夕餉の仕度でも
したらどうだ?元々それがお前の仕事だろう?」
「私の仕事は、ぼっちゃんをお守りすることです」
漸く開いた口で、彼は目の前の主に反論する。ぼっちゃん、と呼ばれた主は
さも嫌そうに顔を顰めて、目を眇めて見せた。
サラサラと零れ落ちる黒絹の髪の隙間から、海よりも深く蒼い瞳が鋭く煌く。
「グレミオ──お前の主は、誰だ?」
「ぼっちゃんです」
さらり、と事も無げに即答された言葉に、主は片眉を上げて見せた。
「そうだ。俺だ。──その俺が、ついてくるな、と言っている。従者なら従者らしく
主の言葉に従え」
きっぱりと告げる声は、まだ何処となく少年の幼さを残したもの。
あの呪われた紋章を継承したその時から、主は一切歳を取らなくなった。
永遠に若いままの主を見つめ、彼──グレミオは、己の手を見下ろした。
──もう、重い斧を抱えることもできなくなった、枯れ枝のような手を。
「俺が言わずとも、己で気づいているのだろう?──お前では、昔のように
戦えない。危険が迫っても、俺を守るどころか、俺に守られて逃げるのが
関の山だ。それが俺にとって迷惑だということくらい、ボンクラなお前でも
解かるだろうが」
凛と張った、甘いテノール。
若々しさに溢れた声音を噛み締めるように、いとおしむように脳裏に刻んで、
グレミオは柔らかく微笑んで見せた。
「それでも、グレミオはお傍に居ります。もう二度と、ぼっちゃんを独りにしないと
決めたのです」
「……勝手に決めるな」
少しばかり、主の声音が緩んだ。グレミオに、言葉の裏を悟られたことに
気づいたのだろう。蒼い瞳が、ほんの微かに揺れた。
──幼い時からの、彼の癖。
<動揺したり困ったことが起きると、微かに目をそらして、右手で左腕を
抱くようにして押さえる>
今もまた、揺れた心を瞳に隠すように。自分で自分を守るようにして、左腕を
懸命に摩りながら押さえている。
そんな主を、心からいとおしげに見つめて、ぼっちゃん、と呼びかけた。
「心配しないでください。──その紋章は、テッド君の御祖父さんと、テッド君。
そして、あの方が今もずっと、守り続けているものです。悪しきものでは
ありません」
「………」
無言のまま、主は視線を上げ、遙か彼方へと続く蒼穹を見つめた。
空の藍よりも哀しげに輝く瞳は、何も語らず。ただ、静かに大地へと移り、前方に
広がる石畳の道だけを映していた。
そのまま再び歩き始めた主を、グレミオは追う。
今度は、何も言われなかった。
──…See you next …
…かもしれない。不定期で(ヲイ)