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今でも、目の奥──記憶の底に、焼き付いて離れない。
ずっと、ずっと頭の中に残っている、一枚の映像。
忘れもしない。
あれは中学の修学旅行の時だった。
旅行の過程で、長崎の原爆資料館に行った。
当時は改装中だか工事中だかで、本館(?)の中が
見れなくて。隣に仮設の建物(別館だったかもしれない)が
あって。其処を見学することになっていた。
そして、其処にそれはあった。
ひしゃげた眼鏡とか、歪んだ時計とか。
焼け爛れた背中の少年の写真とか。
沢山の資料が悲劇を伝える中で、それは
一際存在感を放っていた。
それは元々、銀行か何かの玄関口に設置してあった
石の階段──その、一段だったと記憶している。
建物自体が爆風で崩れたらしいが、それだけは
奇跡的に残っていたのだろう。
今でも覚えている。熱で焼けたのか、それとも元々
そういう石なのかは解からないが、ダークグレイの
長方形の石。
そしてその上には、黒い、染み。──否…。
放射線で焼き付いた、人の、影。
今なら、レントゲンの原理で焼きついたんだろうな、と
何となく理解できるけれど。
当時は、それを見た瞬間に、ゾッと鳥肌が立った。
今の今まで、其処に誰かが座って居たのだと。
その誰かが助かったのか如何かは知らない。でも、確かに
其処に誰かが居て、その誰かの影が、其処に、くっきりと
残っている。
腰を下ろした尻と太ももの形。その影が、「ハの字」に
石に刻み込まれている。
──未だ、其処に腰掛けているような気がした。
影だけを残して、その誰か、が語りかけてくるような気がした。
哀しいのか、怒りたいのか。──それとも、怖いのか。
良く解からない気持ちがドロドロと胸の中に流れてくるような
感じがして、もうその場に居たくなかった。
申し訳ないと思うなか、早く此処から立ち去りたいと思った。
資料館からの帰り、バスガイドさんが、『長崎の鐘』の詩を朗読してた。
逃げたかったという本音、それを申し訳なく思う罪悪感が
重く圧し掛かる中で、彼女の声が不釣合いにも明るかった。
バスの車窓から見上げた空が、目に痛いほど蒼かった。
──小説みたいに書いてますが、これ、神埜の実話です。
今思えば、凄く不謹慎…というか失礼というか。
…こんな風に書くのも不謹慎かもしれないのですが(--;)
不快感を与えてしまっていたら、申し訳ありません。
今日は長崎原爆の日。